4号連続の記念号で、1986年からの40年を並べた

『ファミコン通信』として1986年6月6日に創刊したファミ通が、2026年で40周年を迎えました。特設サイトは「遊び続けて40周年。これからも、ゲームといっしょに!」というコンセプトを掲げています。

祝い方の中心になったのは、Webではなく誌面でした。6月は記念号を4号連続で出しています。6月4日発売の号は140ページを超える特集で、80社を超えるメーカーから寄せられた祝辞ビジュアルを並べました。

続く6月11日号は『ドラゴンクエスト』40周年の特集です。ファミ通と同じ1986年生まれの作品が、同じ年に節目を迎えました。ロト三部作をいま遊ぶ方法はドラゴンクエスト40周年の記事で整理しています。

6月18日号は『パラッパラッパー』30周年、6月25日号はゲームハードの歴史をまとめた別冊付きです。記念号に合わせた企画として、1986年からのゲーム史を80ページで振り返り、漫画家17人が寄稿しています。

記念号にはクロスレビューで40点満点を獲得したソフトの全掲載カタログも載りました。40点満点は40年で34作とされ、年に1本に届きません。

記念イベント「ファミ通40フェス」は、2026年11月7日にベルサール秋葉原で開催予定です。入場は無料で、内容の詳細は今後発表とされています。

『ファミコン通信』から、発行元が4回変わった

創刊時の誌名は『ファミコン通信』で、発行元はアスキーでした。当時は隔週刊で、週刊になったのは1991年7月12日号からです。誌名が正式に「ファミ通」へ変わったのは1995年12月22日で、読者の間ではとうに略称のほうが通っていました。

発行元はその後も動きます。2000年4月にエンターブレイン、2013年10月にKADOKAWAへ移りました。2015年4月にカドカワ、2017年7月からはKADOKAWA Game Linkageです。40年で4回変わりました。

それだけ持ち主が替わりながら、誌名とクロスレビューの40点満点は変わっていません。クロスレビューは1986年10月31日号に始まり、編集者4人が10点ずつ付ける形をいまも守っています。

紙の週刊誌が残り、窓口はWebと調査へ広がった

1986年当時、新作の情報を得る手段はほぼ雑誌だけでした。発売日も価格も画面写真も、週に一度届く紙の束の中にありました。その役割はWebへ移っています。

同じ時期を走った電撃PlayStationは1994年創刊です。定期刊行は2020年3月28日発売のVol.686で終えました。Webの電撃オンラインは続いていますが、紙のゲーム週刊誌はファミ通がほぼ唯一になりました。

一方で、ファミ通という名前が届く範囲は広がっています。ファミ通.comが日々のニュースを出しています。2005年に始まった『ファミ通ゲーム白書』は、国内市場を語るときの数字の出どころです。

会社ごとに数え方が違う話はミリオンセラーの数え方を比べた記事で書いています。「ファミ通・電撃ゲームアワード」もユーザー投票型の賞として続いています。雑誌の名前が、ニュース・調査・賞の3つの入口を兼ねているわけです。

3つの入口はどれも週刊誌の名前を借りています。その名前を出している紙の週刊誌が他に残っていないので、根っこはいまも誌面にあります。40周年の祝い方が誌面に集まったのは、その順番どおりだったといえます。

けん玉のひとこと

記念号でいちばん目を引いたのは、80社超の祝辞ではなく40点満点の全掲載カタログでした。34作という数字は、点を出し渋ってきた40年の記録なんですよね。祝いの企画が自慢話ではなく、自分の厳しさの棚卸しになっているところ。

雑誌が情報の窓口だった時代は、もう戻りません。それでも週に一度まとまって届く形には、いくらでもスクロールできるWebとは違う手ざわりがあるはず。41年目の誌面が40点満点を何本増やすのか、そこに答えが出ると思っています。

11月7日のファミ通40フェスは、内容がまだ出ていません。それでも秋葉原まで行ける人には、40年分を実物で確かめられる機会になりそうですね。最初に買った号を思い出しながら、当日の発表を待ちたいところです。

※ クロスレビューで40点満点となった作品数は一次情報を確認しきれていないため、誤りがあればお問い合わせからお知らせください。