ゲーム探訪

『ゲーム&ウオッチ ドンキーコング』が生んだ十字キー、なぜ業界標準になったのか

『ゲーム&ウオッチ ドンキーコング』が生んだ十字キー、なぜ業界標準になったのか

手元のコントローラーを見ると、左側に十字の形をした方向キーがあります。1982年のゲーム&ウオッチ『ドンキーコング』に初めて載った部品が、44年たった今も同じ形で残っています。

これだけ長く姿を変えずに使われ続けたゲーム機の部品を、私は他に思いつきません。なぜ任天堂が作った形が、セガにも NEC にもソニーにも広がったのか。特許の中身をたどると、よく語られる「任天堂の発明だから」とは少し違う筋道が見えてきます。

十字キーの素性

項目 内容
初めて搭載した製品 ゲーム&ウオッチ マルチスクリーン『ドンキーコング』(1982年・任天堂)
現在の呼び名 十字ボタン(任天堂の表記)
特許の名称 Multi-directional electrical switch(多方向電気スイッチ)
最初の出願 1983年8月5日・英国(GB2144582)
米国特許 US4,687,200(1985年8月9日出願/1987年8月18日登録)
特許上の発明者 白井一郎
権利者 任天堂株式会社
権利の満了 英国が2003年8月4日、米国が2004年8月18日

十字キーの生みの親としては横井軍平さんの名が挙がります。ただ、特許の書類に発明者として記されているのは白井一郎です。着想を引っ張った人と、それを動く構造として設計した人は別だった、ということになります。

ボタンを増やさずに上下左右を入れる

ゲーム&ウオッチは1980年の『ボール』から始まった、任天堂初の携帯ゲーム機シリーズです。1981年には画面を1.7倍にしたワイドスクリーンが出て、1982年に上下2画面のマルチスクリーンが登場します。その第1作が『ドンキーコング』でした。

据置きの『ドンキーコング』は、はしごを上り下りしながら上のフロアを目指す遊びです。左右だけのボタンでは成り立ちません。かといって小さな液晶機に4つのボタンを並べる余裕もありませんでした。

そこで出てきたのが、1枚の部品で4方向を受ける形でした。特許の中身を読むと、仕掛けは案外素朴です。

電極を並べた基板の上に、十字のキートップを1つ置きます。その下に導電ゴムと弾性体を挟み、押し込んだ側のゴムだけが電極に触れて、その方向が電気として通ります。

明細書には、支持部材と弾性体の高さをそれぞれ決める、という設計の要点が書かれています。上と下を同時に押せないという当たり前が、部品の寸法そのもので保証されているわけです。ここが十字キーの本質です。

囲えていたのは形ではなく中身

面白いのは、任天堂が取った権利の中身です。英国・ドイツ・米国に出された一連の特許が守っているのは、いま書いた内部構造のほうでした。「十字の形をした方向キー」という見た目そのものを押さえた書き方にはなっていません。

つまり、中の仕組みを別に設計すれば、同じ形のキーを作る余地が残っていました。

さらに、この特許ファミリーに日本の出願は含まれていません。対象は英国・ドイツ・米国・シンガポール・香港の5か国・地域です。海外で売る機種には効きますが、国内向けの機種は最初からこの枠の外にありました。

国内の権利がどうなっていたかは、この特許ファミリーからは読み取れません。少なくとも、いま公開された書類からたどれるのは海外の5か国・地域ぶんだけです。

そして英国の権利は2003年、米国の権利は2004年に満了しています。ハードが世代を進めるあいだに、海外機についても縛りはほどけていたことになります。

セガも NEC も同じ形に行き着いた

年 機種 方向キーまわり
1982 ゲーム&ウオッチ ドンキーコング 十字キーを初めて搭載
1983 ファミリーコンピュータ 据置機の標準コントローラーへ
1985 セガ・マークIII 他社機にも十字の形が載る
1987 PCエンジン 小型パッドに十字キー
1988 メガドライブ 十字キーを継承
1989 ゲームボーイ 携帯機にも定着
1990 スーパーファミコン ボタンが増えても十字キーは据え置き
1994 PlayStation/セガサターン 両機とも十字キー
1996 NINTENDO64 3Dスティックと併載
1997 DUALSHOCK スティック2本を足しても残る

ファミリーコンピュータの発売は1983年7月15日です。携帯機で試した部品を、そのまま据置機のコントローラーに持ち込みました。

他社も追いかけます。1985年10月20日にセガ・マークIII、1987年10月30日に PCエンジンが出ました。方向キーはどれも十字の形に落ち着いていきます。

1994年に PlayStation とセガサターンが出たころには、どのハードのパッドにも十字キーが載っていました。この年の次世代機戦争で各社が競ったのはボタンの数やアナログ入力です。方向キーの形は、もう争点ではありませんでした。

2007年1月には、米テレビ芸術科学アカデミーが十字キーの開発に対して技術・工学部門のエミー賞を任天堂に授与しました。部品ひとつに贈られる賞としては、かなり異例です。

アナログスティックが来ても消えなかった

1996年6月23日の NINTENDO64 が、家庭用機で初めてアナログスティックを標準で載せました。3Dの箱庭を歩き回るには、8方向では足りません。

スーパーマリオ64がそれを見せてしまえば、方向キーの時代は終わる、と見えたはずです。

ところが N64 のコントローラーには十字キーも残りました。翌1997年の DUALSHOCK も、十字キーを外さずにスティックを2本足しています。置き換えではなく、足し算だったのです。

そして今も残っています。任天堂が公開しているNintendo Switch Proコントローラーの仕様にも、「十字ボタン」が並んでいます。44年前の部品名が、現行機の仕様表にそのまま生きています。

今その手ざわりに触れる方法

一番近いのは復刻ハードです。ゲーム&ウオッチ スーパーマリオブラザーズは2020年11月13日の発売で、価格は5,478円(税込)でした。

収録作は『スーパーマリオブラザーズ』『スーパーマリオブラザーズ2』と、ゲーム&ウオッチの『ボール』の3本です。操作は十字ボタンとA・Bボタンです。

翌年にはゲーム&ウオッチ ゼルダの伝説が出ました。2021年11月12日の発売で、5,480円(税込)でした。初代『ゼルダの伝説』『リンクの冒険』『夢をみる島』に、リンク版の『バーミン』が付きます。

どちらも生産を終えているので、入手は中古になります。ファミコン側の感触を確かめたいなら、Nintendo Switch Online のファミリーコンピュータが手軽です。

Switch Proコントローラーでつなげば、十字キーで初期のマリオを動かす感覚がそのまま返ってきます。

けん玉のひとこと

十字キーのすごさは、44年たっても置き換わっていないところ。アナログスティックが来て、タッチもジャイロも来ました。それでも指を置く十字はなくなりません。

理由ははっきりしていて、4方向しか出ないから間違えないんですよね。斜めに倒れてしまう不安がなく、押した手ごたえで入った方向が分かります。格闘ゲームのコマンド入力や、メニューを1段ずつ送る操作は、今でもこちらのほうが速いと感じます。

そして、任天堂が形そのものを囲わなかったことが効いています。押さえたのは内部構造で、出願先も海外の5か国・地域だけ。十字という形を他社が使う余地は、最初から残っていたんですよね。

だから各社が自前の設計で同じ形に行き着き、業界の共通語になりました。権利を広く取らなかったことが、かえって普及を助けたところ。発明を独り占めしなかったから残った部品、という言い方もできるはず。

手元のコントローラーの左側を見てください。1982年に生まれた十字が、まだそこにあります。指が覚えている形というのは、そう簡単には引退しないものなんですよね。

※『ドンキーコング』の発売日・日本の実用新案・エミー賞の授与は一次情報を確認しきれていないため、誤りがあればお問い合わせからお知らせください。

関連商品広告

以下のリンクから商品を購入されると、当サイトに紹介料が支払われることがあります。価格や在庫は変わることがあるため、各ストアでご確認ください。

任天堂 ゲーム&ウオッチ スーパーマリオブラザーズ

任天堂 ゲーム&ウオッチ スーパーマリオブラザーズ

十字ボタン付きの復刻ハード。生産終了で中古のみ

楽天 8,980円〜(取得時点)

任天堂 ゲーム&ウオッチ ゼルダの伝説

2021年の復刻機。こちらも十字ボタン

Nintendo Switch Proコントローラー

仕様表に今も「十字ボタン」が並ぶ純正パッド

関連記事