叔父から借りた1本

ファミコンは家にありました。マリオも遊び、RPGも通ってきたつもりでいて、ファイナルファンタジーだけは一度も触らないままでした。そのままファミコンの時代が終わります。

理由は単純で、周りに持っている人がいなかっただけです。RPGの枠はほかのシリーズで埋まっていて、同じジャンルをもう1本買うという発想がありませんでした。

その状態のままスーパーファミコンの世代に入り、叔父から借りたのが『ファイナルファンタジーIV』でした。1991年7月19日にスクウェアから出たシリーズ4作目です。私にとっては、これが1作目でした。

名前のあるキャラクターが、勝手に動き出す

最初に面食らったのは、パーティが自分で組んだものではなかったことです。『I』は冒頭で4人の職業を選び、そこから変えられません。『III』はクリスタルの力で転職を重ねていく作りでした。どちらもパーティは自分の持ち物です。

『IV』は違いました。暗黒騎士のセシル、竜騎士のカイン、白魔道士のローザ。名前も役割も最初から決まっていて、話の都合で仲間が入れ替わっていきます。

自分で育てた駒ではないので、こちらの都合とは関係なく喋り、去っていきます。操作しているのは自分なのに、物語の主導権は向こうにある。その手ざわりが新鮮でした。

戦闘の作りも変わりました。コマンドを選んでいるあいだも時間が流れ続けるアクティブタイムバトルは、この『IV』が最初です。考案したのは伊藤裕之さん。じっくり考えるほど敵に手番を渡すので、迷いが損になります。

物語が勝手に進む感覚と、戦闘が待ってくれない感覚。いま思えば、この2つは同じ方向を向いていました。プレイヤーが世界の中心ではない、という手ざわりです。

覚えているのは、システムではなく場面

そうは言っても、30年以上たって思い出すのはATBの仕様ではありません。場面のほうです。

セシルとカイン、そしてローザ。1人の女性をあいだに置いた3人の関係が、話の軸をずっと握っています。カインが何度も向こう側へ行ってしまうのも、この三角関係があるからこそ効いてきます。

理屈ではなく感情で筋が通っているので、子どもの私でも飲み込めました。敵に回った仲間が、なぜそうなったのか分かってしまう。

双子の魔道士パロムとポロムの一場面も、当時の記憶がそのまま残っています。逃げ道のない部屋で、幼い2人が自分の意志で前に出る。RPGでこういう選び方をする味方を見たのは、あれが初めてでした。

セシルがパラディンになる場面も忘れられません。山を登り、鏡に映った自分と向き合う。ここで求められるのは強さではなく、攻撃を選ばないことです。暗黒騎士のまま突き進んできた主人公に、やり方を変えろと迫る作りが効いていました。

四天王との戦い、ゴルベーザの正体、そしてセシルが誰の子だったのか。物語が進むたび、前提が1枚ずつはがれていきます。

自分の出自を知って戦う理由が変わる主人公を、私はこの作品で初めて見ました。話を先に進めるためにレベルを上げる、という遊び方を覚えたのもここでした。

いま『IV』を遊ぶなら

初めて触るなら、ドット絵版を作り直したピクセルリマスターが入口になります。Steam版の価格は2026年9月時点で税込2,200円で、シリーズの入口としては手を出しやすい額です。

配信の時期は機種で分かれます。Steamとスマートフォン向けが2021年9月9日。SwitchとPS4向けが2023年4月20日で、Xbox Series X|SとWindows向けが2024年9月26日です。

ニンテンドーDSの3Dリメイクを元にした版も残っていて、こちらはSteamで日本向けの配信が続いています。同じ物語を別の見え方で遊べるので、ドット絵版を終えたあとの2周目に向いています。

どの版がどの機種で出ているかは、スクウェア・エニックスのタイトルページにまとまっています。ナンバリングのどれから手を付けるか迷っている人には、ファイナルファンタジーはどれから始めるかで現行機に出ている版を整理しました。

『IV』から入るのは遠回りに見えますが、1本で物語が終わる作品なので、実は始めやすい部類です。

メインテーマが鳴ると、まだ手が止まる

植松伸夫さんが書いたメインテーマは、いまもときどき聴きます。Apple MusicやSpotifyでスクウェア・エニックス公式のサウンドトラックが配信されているので、ゲームを起動しなくても流せます。

それがいいのか悪いのか、正直なところ分かりません。曲だけ先に手に入るのは、あの頃と順番が逆です。

ただ、あの曲が鳴ると手が止まるのは事実です。思い出補正だと言われれば否定しません。それでも、35年前の曲がいまだに手を止めさせるのは、補正だけでは説明がつきません。

『IV』が面白かったから、その後のナンバリングも追いかけました。合わなかった作品もあるし、途中で止めたものもあります。それでもシリーズを切らずに来られたのは、最初の1本がこれだったからだと思っています。

入口になる作品は、選んで出会うものではありません。私の場合はたまたま叔父が持っていた、というだけです。

そのたまたまが35年続いています。だれかにソフトを1本貸すのは、思っているよりずっと大きいことです。